フィジー留学8ヶ月後オーストラリアへ1年間留学!
諦めていたキャビンアテンダントの夢をもう一度。
1:プロフィール
| お名前 ミズタニ モトコ さん | ![]() |
| 性別 女性 | |
| 年齢 23歳 | |
| 留学期間 Fiji 8mths / Australia 12mths | |
| 留学を決意したとき、語学を修得してどうなりたいと考えていましたか? ①3年間住んでいた沖縄へ戻って、米軍BASE内NGO設立の保育園で働きたい。 ②世界一周旅行に行きたい。 ③英語の歌詞を理解して、激シブplayを繰り広げるReggae Selector DJになること。 |
項目 |
留学前 |
留学後 |
|---|---|---|
英語力の 目安 |
あいさつのみ。 | TOEIC 750 / IELTS academic module 5.5 (海外の短大、専門学校に入学可能レベル) |
保有スキル |
保育士・幼稚園教諭・カラーコーディネーター・接客・レゲエダンス | 英会話・ビジネス英語・接客英会話・国際ネイリスト資格・ポールダンス・ピラティス・サルサ |
雇用形態 |
アルバイト | 契約社員 |
| 仕事の内容 | 留学前は地元名古屋ではなく、沖縄に住んでいました。海外輸入雑貨店㈱Village Vanguardにて副店長として勤務。商品受発注、管理、ディスプレイ、POP作成、従業員育成など。 副業で、リムジン6台を抱える観光ビジネスの会社で、秘書、ガイドとして勤務。そのまた副業で、沖縄で唯一のReggae Clubで、バーテンダー、ダンサー、DJ、VJ。 |
Hilton Hotel GROUP名古屋。 ウエディングアテンダント、レセプショニスト、ホテル内レストランのウェイトレス業務に従事。 【英語力を活かした仕事】 外国人ヘルプデスクにて外国からのお客様の滞在サポートや、エグゼクティブラウンジでのアテンダント、各国領事館などの国際会議の際のアテンダントも行っています。 |
| 仕事で英語を使うことがあるかどうか | 沖縄で私が住んでいた地域は、人口の半分以上が外国人。すべて笑顔のみで乗り切っていました。 | 毎日。外資系ホテルなので、ほとんどのご利用客が外国人のケースもあります。 GM,支配人含め、上司には外国人の方が多いので、英語を使う機会は多いです。 |
【 Q1,フィジー留学後から、現在までの経験(どこでどのようなことをしたか)を簡単にご記入頂けますか? 】
| Fiji留学(8ヶ月) →Australiaへワーキングホリデービザで入国 …大まかにしたことを順番に書きます。 ①ホームステイ2週間 ②Callan Methodの学校に入学。発音とリスニングを徹底的に鍛えなおす。 ③Club通い。ローカルや他国の友人を増やす。 ④Provide Responsible Service of Alchoholの資格習得 ⑤RSAの資格とローカル人脈を生かし、PUBで働く ⑥ボーイフレンドをつくり、さらに行動の幅が広がる ⑦Host Fatherが仕事をクリエイトしてくれ、真のAussie Lifeを送る ⑧Australia国内旅行 ⑨家を追い出され、ホームレスに…笑 ⑩Back Packers巡り。 不安に怯えながらも、世界中から来る旅行者と友達になる ⑪英語で仕事も遊びも含め、不自由ない生活ができるので、何をしたらいいのかわからなくなる。 ⑫厳しいと評判の Sydney English Language Center / Advenced General English, Intermediate of Business English に入学し、IELTSの勉強を始める。 ⑬厳しすぎて、不眠症になり、食欲がなくなる ⑭クラスメイト (クラス全員違う国籍!) 、先生との絆が強くなる ⑮無事、クラス 13人中 トップの成績で卒業! ⑯帰国後に備え、TOEIC Classの学校に入学し、勉強を始める。 ⑰TOEIC Class卒業! ⑱ネイルの資格を取るために、Nail School / Le M creative nail academy に入る ⑲Nailist国際資格取得 ⑲ポールダンスのスタジオ / V club を見つけ、通う。 ⑳後ろ髪を超引かれつつも、将来の夢の実現のために帰国を決意 →台湾で、台湾の友達と一週間過ごす →日本へ。 大不況の真っ只中にある日本。仕事も決まらない。夢も持てない。激しい脱力感 →沖縄でパワーチャージ →夢を諦めることができないので、エアラインの専門学校へ入学を決意 →英語環境と、同じ夢を持つスクールメイトのおかげでモチベーションがあがる →積極的に就職活動 →念願の外資系ホテル・Hilton Groupに就職! |
![]() 留学前 ![]() フィジー留学中 フィジー留学中 ![]() オーストラリアにて ![]() 帰国後 ホテルにて就職 |
【 Q2,フィジー留学の後、オーストラリア留学に行ったのはどうしてですか? また、オーストラリア留学はいかがでしたか? 】
| Australiaに行くことを決めたのは、Fiji出発前、SPFBの担当・水谷(現・小山内さん)の提案でした。 実は、私はAusに興味がなく、そもそもはFiji留学が終わったら世界一周旅行に行きたかったんです。但し、実際問題、それにはお金がかかるので、稼ぐことのできる権利=WHビザを取っておいたのです。しかしFiji滞在中、私には大きな夢ができました。国際線のフライトアテンダントになることです。私の小さいころからの夢はスチュワーデスでしたが、高校中退やいろいろな経過をたどった私のbackgroundではCAになることなんて不可能だと思い、すっかり諦めていました。 しかし、Fijiで英語を勉強中、やっぱり英語を使った仕事ができたらいいなーと漠然と思うようになりました。授業中、将来の夢について話す際、CAへの夢を少し話したら、すごく賛成してくれたクラスメイトがいました。彼女は航空業界にくわしく、いろいろなことを教えてくれましたが、「Motocoの10年間の接客スキル、コミュニケーション能力、バイタリティーは、学歴なんかよりもよっぽど魅力だよ!」と、背中を押してくれました。また、FijiのHostfamilyの仕事の関係でAir Pacificの方々が家に遊びにきた時にも話を聞いたのですが、できるかできないかよりも、やりたい!飛びたい!これしかない!って思いました。 Aus入国後、中級レベルまでフィジーで伸ばした自分の英語はSydneyの仕事では通用しないとすぐに実感しました。単語だけでする表現や間違った文法では、多国籍の人が英語で生活しているSydneyでは、Fijiのように、ゆっくり理解するまで待ってくれる環境ではありません。英語ができない人には、それなりの関わりしか持とうとしてくれません。大都会ですから当然ですね。もしもFijiを経験せず、全く英語が話せない状態でSydneyに行っていたら、適応することは相当難しかったと思います。 しかし、英語が伸びるにつれ、Aussieの人柄、文化、環境がわかるようになり、大好きになってしまいました。そして、教育水準の高さ、利便性、Multi Culturalな情報量にも魅力を感じ、ここで勉強しよう!と決めました。自分で実感することは難しいですが、私がはっきりと実感していることは、英語の伸びです。 Fiji出発前からは私自身想像もつかないほど伸びたと思います。たくさんの経験をすることができましたが、それはやっぱり、美しく豊かな自然、大らかな人柄、コスモポリタンな人々、WHを受け入れる態勢といった、Australiaならではだと思います。WHというのは、なんでもできる素敵なビザですが、目的がなく、楽な方にしか目を向けないと、日本人と日本でするような経験しかできなくなります。 これはAustraliaに限りませんが、海外生活を生かすも殺すも自分であるということです。 |
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【 Q3,英語を習得してよかったと思う点はどんな点ですか? 】
①世界が広がった…どこでも、誰にでも、ひるまない自分になれた
②世界をまたにかける夢が持てた…以前の自分の殻を破った
③可能性が見出せた…日本語=日本の思想だけの自分じゃなくなった
④ともだちが増えた…世界中に!!!
⑤習得できた自分に対して自信が持てた…あきらめないという心に出会い、小さな頃からの夢を思い出した。
【 Q4,今後、留学と英語習得の経験を活かしてどのようになっていきたいですか?
(仕事、生き方など・・・)?】
私が、留学、海外生活、英語習得を経て、今想うこと。Just Keep Working。やることに意味がある。振り返ってみると、夢だったんじゃないかと思うような日々です。いいこともあればもちろんいやなことも死ぬほどありました。 苦しくてつらくて、涙が止まらない時期もありました。悲しくて淋しくて体調が崩れたこともありました。でも、動き続けてたから今があるんだということ。ゴールなんてないんだと知ったこと。あきらめなければ先が近づいてくること。ひとつ目的を達成したら、また次の高いハードルが現れること。たくさんのことを知りました。私には今、大きな夢があります。年齢的にも、学歴も、資格も、厳しいということは充分わかっていますが、私は止まりません。夢が叶ったら、それは1番素敵なことですが、もし叶わなくても、この経験から大きなものを得ると知っているからです。だからやるんです。私の英語力は伸びに伸びて、CAの募集要項のLanguage Skillの条件を満たすまでになりました!が、同時に、英語は国際舞台に臨む際の最低条件だということも実感しました。英語が話せるだけでは、簡単に蹴落とされることもわかりました。だから、改めて気づいたことは、『自分を磨く』ということです。内面、外面ともに磨き、しなやかな強さと美しさを持つ『日本人女性』になることが今の私の指針です。
英語習得とは関係ないかもしれませんが、FijianやAussieのように、毎日毎分を大切に、自分に胸が張れるように後悔しない生き方をしていきたいと思います。現在外資系ホテルで働いていますが、私は10年間従事してきた自分の接客スキルには自信を持っていましたが、ホテルでの仕事はすべてが新しい勉強です。言葉遣い(英語含め)、立ち居振る舞い、ホスピタリティ、表情etc 一時も気が抜けません。とても大変な仕事ですが、自分の将来像(CA)には不可欠な経験を仕事を通してさせていただいています。
わたしはやっぱり、「人」が好きなので、これからも接客業に携わっていきたいと思っていますが、30歳まではエアラインスクールでの勉強と、Hiltonでの仕事を土台にしながら、本気でCAを目指します。30歳になって、CAじゃなかったとしても、それは、諦めや失敗ではなく、新しい自分の道を見つけたということ。かならず世界のどこかでキラキラ輝いた人生を送っている自分がいると思います!!!
【Q5,その他何かあれば、何でもお書き下さい 】
私ほど、英語の勉強をしてこなかった人はいないと思います。私ほど、いいかげんな人生を送ってきた人はいないと思います。
でも、やろうと思えば絶対に何でもできます!
できないことなんてないんだから。 自分の人生は一回だけ。
自分の目と耳と足と心を使って、たくさんのことをやってみてください。


















