2度目のフィジー留学を決めた理由と人生の教訓について

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BULA!! みなさんこんにちは、ひかるです。

何度か記述しておりますが、私はフィジーで2度の留学を経験しました。
初めての留学では“最初で最後の留学だから”という気持ちでフィジーに飛び立ち、2度目の留学では “フィジーはこれで最後にしよう”という気持ちで飛び立ちました。

そして今、将来フィジーに住みたいと思っています。

なぜ2度目の留学を決意したのか、そしてなぜ今でもフィジーを好きなのかについて、今回は書いていきたいと思います。

留学のきっかけ

私が初めての留学を決意したきっかけや理由についてはこちらの記事をご参照ください。 私にとって1人で初めて訪れた国、それがフィジーでした。

当時、大学で陸上競技部に所属していた私は、まじめで正しく常識的な人間になることを求められていると感じていました。一方で、それは私にとって、少しずれているようにも感じられました。しかしそれがなぜなのか、私の中で答えは見つけられないまま。このまま年齢だけが大人になり、社会に出ていけるのかと強い不安を抱いていました。

そこで、そのヒントを見つけるため、当時いた自分の環境を離れ、その環境とはかけ離れている国、フィジーを訪れることを決断しました。

初めて訪れた “外国” 、フィジー。まわりの人は皆、外国人です。いえ、そこでは私が外国人でした。

歩行者優先の環境で生活していた私は、普段通り道路を横切るだけで轢かれそうになりました。日本だったら運転手から嫌な顔をされる場面。のはずが、なぜか私を轢きそうになったフィジアンは笑っていました。

その他にも、私の中の「普通」であれば、他人が嫌がるような場面でもフィジアンは笑っていました。私に笑いかけるフィジアンの笑顔に作り物は1つもありません。

そこで私は『自分らしさ』をもっと表に出す勇気を学びました。そして、フィジーで人々がそうしてくれたように、まわりの人を笑顔にできる笑顔を持つ人間でいよう、と心に決めて日本に帰国。

留学はいい思い出。帰国後は就職活動に専念しようと、当時思っていました。

また同じ場所に戻ってくるとは当時思っていませんでした。

2回目のフィジー留学決断のわけ

帰国後、私はまた普段の生活に戻りました。そして、すぐに留学で経験した出来事や感じたことをすべて文章化してまとめ、やはり留学は自分にとって大きなターニングポイントだったと改めて感じていました。

留学前より少し自分に自信がついた私。フィジーにいたときのように、笑顔で余裕のある生活をしよう、考え方1つで生活の質は大きく変わるんだと強く思っていました。

しかし、帰国して数か月経つと、あれほど強く持っていた『自分らしさ』を出すことを忘れ、留学前の私に戻ってしまっているように感じました。

そのとき気づいた“フィジーにいるときの自分が1番好き”ということ。

私が2度目の留学先をフィジーに選んだのは、単にもう一度英語を学び直したい。そして、素敵な国フィジーに戻りたいと思ったからではありません。

なぜ自分がフィジーにいるとき、自分を好きでいられるのか。人生の豊かさとは何なのか。この2つを確かめたいという気持ちが強くありました。

飛行機を降りたそこには。

1年ぶり2回目のフィジー。 飛行機を降りた瞬間、空気の香りがフィジーの「私」を蘇らせます。出迎えてくれる空港スタッフを見て『あ…戻ってこれたんだ』と改めて実感しました。

1年ぶりのフィジー自体は何も変わらず『幸せな国』のままでしたが、私自身が少し変わったんだとそのとき初めて気づきました。 そしてまた現地での新しい出会い。彼らは私にたくさんのことを伝えてくれました。

政治のこと、雇用のこと、お金のこと、環境のこと、人間関係のこと。

『世界一幸福度の高い国フィジー』と取り上げられるこの国にも問題はたくさんあります。 ガイドブックに載っているようなフィジーの良いところを探し求めていた1回目の留学とは違い、できるだけ現地の人と話し、ここで生活する人の考え方に目を向けました。

そして、それと同時に、なぜ私がフィジーにいる自分を好きでいられるのかも考えながら生活をしていました。ここで見つけた今まで目を向けられなかった新しいフィジーと新しい自分。

留学中には明確な答えは見えなくても、やはり、日本に戻って生活し、このように書き記して整理していくと答えが見えてきます。

フィジーで見つけた“答え”とは

私がフィジーで自分に課した2つの課題。「なぜ、フィジーにいるときの自分が好きなのか」そして「人生の豊かさとは何なのか」

その答えはとてもシンプルなものでした。 『シンプルに生きる、そして人生を楽しむことだけ考える』

シンプルに生きる

私が日本にいて、ずっと悩んでいた『常識的で正しくあること』。それがフィジーにはありませんでした。日本人の私にとっての常識はここでは常識ではありません。そして、その『常識的であること』は特に重要なことではないと気づきました。

常識が何かを考えるより、他人を想った行動ができるかが大事なのだとフィジーの人々との共同生活で学べたような気がします。

 

また、『正しくあること』の正しさとは何なのか。正確さが本当に大切なのか。

日本で求められていた『常識的で正しくあること』が大人に近づくために大切なことだと思い込んでいましたが、私にとってそれは大切なことではありません。

 

大人になる過程で、常識とされる物事や正しさを経験し、知っていくことが私の人生においての成長なのだと感じています。

 

今の私は、非常識だと言われたり、失敗をしたりしても自分を責めることはありません。それが、私が大人になる人生の過程だからです。

 

あるフィジアンの肩に「Let me try(やってみよう)」というタトゥーが入っていたことを思い出します。そのフィジアンは、幼いころに針とインクを使い、自分で入れたものだと言っていました。

 

まさにその言葉が、帰国後忘れていた私にとっての大切なことだとそのとき気づかされました。

 

私がフィジーで好きだった自分とは、他人の目や頭の中を考えることなく、ありのままでいられる自分。2回目のフィジー留学を終えてから、私の笑顔に作り物は一切ありません。

 

つまり、シンプルに、笑顔でいられるために生きている自分が好きだったのです。

人生を楽しむことだけ考えること

もう一つの『人生の豊かさとは何なのか』

 

フィジーにいるとき、私の毎日は本当に充実していました。月曜日は『また今週が始まる!』とわくわくした気持ちで目を覚まし、金曜日は『もう今日で1週間終わってしまったのか…』と少し寂しくなります。

 

そんな毎日なんて理想論だと言われるかもしれません。

しかし、私がフィジーで関わった人々は皆、毎日、その時間、その瞬間を楽しんでいるように見えました。

 

誰かと会話しているとき、買い物をするとき、料理をするとき、バスに乗っているとき。

 

私たちがただ機械的に過ごすような時間さえも、フィジーの人たちは楽しんでいるように見えました。彼らと過ごしたその【日常】が、私にとっての【人生の宝物】となっています。

 

そして、私が見つけた答えとは、

その時間、その瞬間を楽しむこと。自分の人生がどうすれば楽しくなるか考えて生きること。

 

帰国後、大学4年生で休学という選択肢を取ったことに対し、周りからの意見は様々でした。また、フィジーに住みたいという夢に対しても、考え方は様々です。

 

しかし、私の人生で1番大切なことは、自分の人生を楽しく生きること。そのために、自分を好きでいられることが必須条件です。

 

フィジーでのほとんどの時間を一緒に過ごした人から帰国前に言われた言葉が今でも印象に残っています。

 

『ひかるの生き方はとてもシンプルだ。あなたが求めるものはいつも笑顔だね。』

 

これからの人生、もっと自分やまわりの人の笑顔を作れるような人になりたいと強く思っています。

 

以上、私が2度目の留学を決断した理由とそこから学んだ人生の教訓でした。

バックは前に持つこと、スマホは常に首から下げることも人生の教訓です。

 

それではまた。

 

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